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大人部ブログ

初めての方はカテゴリより「はじめに」をご覧下さい。

【告知】渋家縄会vol.2 [フェティシズムの科学~性科学からフロイトまで~]

悠です。

 

主催イベント「渋家縄会」の告知です。

緊縛やフェティシズムにご興味のある方はどなたでもご参加ください。

 

今回から3部制にしました。

1部では会場を開放していますので、縄の練習などにご利用くださいね!

 

 

渋家縄会vol.2

フェティシズムの科学~性科学からフロイトまで~

 

日時:2015年5月23日(土) 

場所:渋家

参加費:500円(予約制)

使用する縄の本数:1本〜

 

タイムスケジュール:

1部(15:00~17:00) 会場開放

2部(17:00~19:00) 資料研究、ワークショップ

3部(19:00~) 参加者による懇親会

※各部のみの参加可

 

内容:

前回に引き続きフェティシズム(ポール=ロラン・アスン著、文庫クセジュ)のレジュメを手引きに、「フェティシズム」という概念を巡る思想史について学ぶ。19世紀から20世紀にかけて性科学の領域で援用されたフェティシズムの概念が、フロイト思想のなかでどのように発展されたかを研究する。

ワークショップでは、枕を使って一人でできる簡単な縛りを学びます。

 

☆中心資料☆

フェティシズム』ポール=ロラン・アスン 著 文庫クセジュ

該当頁 p.54-p.109

 

☆補助文献☆

フロイト思想のキーワード』小此木啓吾 著 講談社現代新書

 

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参加のご予約はshibunawa@gmail.comまで

【お名前(ハンドルネーム可)・性別・人数・参加希望の部・縄の借用を希望するか】

をお書き添えのうえ、ご連絡ください。

 

※渋家縄会は、「緊縛」「縄」「フェティシズム」といったテーマを学問的かつ体験的に学びたい人たちが集うサロンです。

前半では課題図書をもうけ知識を共有し、後半はワークショップを行います。会の終了後は参加者による懇親会を開きます。

これまでの様子→渋家大人部ブログのカテゴリー「渋家縄会

 

主催:渋家大人部(代表 悠レイカ)

 

フェティシズム (文庫クセジュ)

フェティシズム (文庫クセジュ)

 

 

セクソロジーの不足と隠蔽されるSMの暗部

悠です。
 
先日、SM専門の整体師・ゴールデンさんのサロンにお邪魔してきました。
一見妖艶で煌びやかなSMの世界ですが、その裏では過激なプレイによる事故が増えています。
SMを楽しむためには安全の担保が必要。
この日、プロの方もショー前のメンテナンスに来てました。
 
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 SM整体師・ゴールデンさんのブログ。過去の施術の記録が数多く掲載されている。
 
 
セクソロジー(Sexology、人間の性に関するプラグマティックな知識と技術の科学的な集積)の概念が希薄な日本では、性にまつわる問題は全て個人主義の名のもと孤立化され、不都合は自己責任論で片付けられがち。望まない妊娠も、SMによる事故も、当事者の不注意のせい。
でも、そもそも何に注意すべきかのガイドラインもないものを、どのように注意したらいいんでしょうか?
確かに、性に関しては、身体的個体差や指向・嗜好性の違いのため、おしなべて「こうあるべき」という倫理規範は作り難いのですが、統計的な傾向を一つのガイドラインとして想定することは、それ以降の性的多様性へのまなざしを促すことにつながるでしょう。
 
世にはSMの「楽しく」て「気持ちよく」て「魅力的な」部分が推し出されがちですが、それはそもそも日本の経済が資本主義に基づいている(消費者の購買意欲を扇情することが需要を生む)からであって、市場の中で出会うSMからはその潜在的な暗部が隠蔽されてしまうのです。
 

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※SMをテーマにした華やかなイベントが各所で開催されている。インターネットの普及以降、飛躍的に増加した。

 
セクソロジーの不足が個人の性的孤立を促すこと、そして資本主義に基づいて偏ったSM論が孤立化した個人を蹂躙し搾取する現実に、私は強い危機感を覚えます。
性やSMにおける主体性を獲得するためには、隠蔽された暗部に目を向ける啓蒙が必要だと思います。
 
ネット社会で氾濫するSMのポジティブイメージに疑問を投げ掛け、よりよいSMを探ろうとするゴールデンさんの活動は、SMへの深い愛情に端を発しているように感じました。
 
余談ですが、私のSMアイドルとしての活動はSMや性の主体性を市場の中で取り戻そうとする試みだし、研究家としての活動はそれらを資本主義の外側に投げ込む足掻きだと思っています。
 
これからもゴールデンさんへの潜入取材を継続して、フェチトーキョーや大人部ブログにてレポートしたいと思っています!
 

※私がライターを務めるフェチポータルサイト

【4月18日】第2回 ゆるふぇみカフェに行ってきました!

福原です。

 

去る4月18日、『第2回ゆる・ふぇみカフェ』に行ってきました!

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こちらのイベント、以前にレビューを書いた『何を怖れる フェミニズムを生きた女たち』で取り上げられていたことをきっかけに知って以来、気になっていたのですが、ようやく行けました。

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会場となったのは神保町のイベントラウンジ・EDITORYという雑居ビルの1フロアを丸々貸し出しているところで、今回のイベントではメインとなるトークイベントを行うエリアの他に、料理研究家さんなどプロが提供する飲食物のバザーを行なうカフェエリアもあれば、写真や刺繍作品を展示するギャラリーゾーン、服や飲食物などの他、トークイベントに出演された方の著作などが売られているフリーマーケットエリアや、お子さん連れの来場者も来れるようにお絵描き道具などが置かれているキッズスペースなどに分けられていました。

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メインとなって進行されるのはトークイベントでしたが、それぞれのエリアは壁で区切られたりなどはされておらず、それぞれの場所で話をされている来場者の方がいたり、キッズスペースで遊んでいる子供達の声が常に聞こえていたりと、名前の通りゆる〜い雰囲気の空間でした。トークイベントの途中、登壇者のお子さんが割って入る場面も(笑)

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会場に到着したとき、ちょうどトークイベントが開始するタイミングで、運営委員の熱田敬子さんによるあいさつが行われました。ご自身が演劇経験者であったことを背景に、ゆるふぇみカフェについての思いを語っていました。入場時に渡されているチラシに同様の内容の文章が書かれていましたので、掲載致します。とてもいい文章です。

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ショーケースイベントは13時からの第1部、16時からの第2部に分けられて行われました。それぞれトークセッション、ギャラリーに展示しているアーティストさんの作品についてのトークなどの複数のパートに分けられて進行していました。トークセッションではそれぞれ3組のゲストが順に15分程度喋り、最後に15分間クロストークという1パート1時間という形式でした。

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(画像荒くてすみません・・・。)
まず1つめのトークセッション、1組目のゲストは、国際医療福祉大学大学院・保健医療学看護学分野の講師であり、文化人類学者として摂食障害についての研究に取り組まれ、『なぜふつうに食べられないのか―拒食とか食の文化人類学』などの著書も記されている磯野真穂さん。
話されたのは摂食障害についてのお話だったのですが、素直に最初の印象を述べると「フェミニズム摂食障害?ダイエット文化の話かな?」なんていう風に思ったのですが、「日本の医療者の間で、摂食障害ジェンダーと絡めて話されることは少ないが、実は日本における摂食障害の患者の9割が女性。まだハッキリとした原因は分かっていないものの、ジェンダーが関連していることは明らか。」という話が非常に興味をそそりました!磯野さんのトークは終始とても明るくユーモラスであり、同時に「欧米ではむしろ女性の病気として問題視されていた、うつ病が日本においては成人男性と関連付けられたことで問題化され、対策が取り組まれた。このあたりが摂食障害と対照的。」などの鋭い観点からの指摘に溢れていて、とても刺激的でした。「15分なので著作からかいつまんで・・・」という前置きで話されていたのですが、もっとお話を聞いてみたい、著作が読みたいと思わせる楽しいトークでした。

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2組目のゲストはすべての子どもがありのままでオトナになれる社会を目指す『NPO法人 ReBit』副代表理事であり、FtMトランスジェンダーパンセクシュアル関谷隼人さん。
関谷さんはReBitの活動の紹介の後、ご自身がFtMとしてどの様な人生を歩んできたかについての話をされていました。小学校5年生まで違和感を覚えることがなかったのに、小学校6年生の時の修学旅行のグループ分けで違和感を覚えたこと、趣味の乗馬ができる高校を選ぼうと思ったものの、制服を着なければいけなかったから断念したこと、高校でLGBT、及びFtMという言葉を知り、「言葉があるなら自分以外にも同じ人がいるはずだ」と勇気を覚えたこと、男女両方の就活や成人式を経験したこと、男としての生き方、女としての生き方をその場で選びながら生きること、などを話されていました。

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3組目は、ゆる・ふぇみカフェ運営委員会より阿比留久美さん、小林杏さん、佐伯英子さん、百崎ゆうさんの4名による、これまでのゆる・ふぇみカフェが行ってきた活動のレポート。配られた資料にも多数載っているのですが、こちらのゆる・ふぇみカフェ運営委員会は、他にも様々なイベントを企画、開催していて、その中から昨年11月に葛西臨海水族園にて行われた『大人と子どものゆる・ふぇみ遠足vol.1』、今年3月21日に運営委員メンバーの自宅で開催された『ゆるふぇみそ作り』など、大人と子どもが一緒になって参加できる形のイベントについてのレポートが行われました。

(ちなみに中には、奇しくも先日このブログでもとりあげた映画『すいっちん』を参考資料にした『男子のセックスの不思議を語る会』が行われていたようです。)
こちらの4名は同い年ながら、それぞれお子さんが居る方、いない方がいたのですが、互いの立場として「子どもがいることで同級生の友人とも疎遠になるのでは」「子どもがいない身として、どのように子どもを持っている友人及び子どもと接すればよいのか」という不安を口にされていました。しかし、イベントを通すことでそれぞれ良い経験ができたということを口にされていました。中でも「世の中にはいろんな人がいると口にはできるが、身近になってみないとわからない。」「子どものいない人が、赤ちゃんが何ヶ月の時には何をしないといけないとか、自分のことのように知ることはできない。だけど大事なのはそういうことを抱えている色んな人が世の中に居ることを体感できること。」という感想が非常に印象的でした。
そしてパートの最後はそれぞれのゲストによるクロストーク。お互いの話題をトークの時より深く掘り下げていく形でやりとりが行われていました。中でも磯野さんの「普通に食べることは簡単じゃない」、関谷さんの「性別を使い分けるときには無意識的にスイッチが入る」、「こうしてFtMとして人前に立つときは、自分の性自認より男性的に振舞っている」ゆる・ふぇみカフェ運営委員会メンバーからの「母子家庭で育ったことで定型的な“幸せの形”に対して自覚的になったし、その型にはまることが幸せとは思わなくなった」「子どもの名前をつけるときに、どういう風に生きても良い名前にした。」、ちなみにクロストークにつなげるときにスタッフの方が口にしていた「なぜ”普通”が閉塞感をもたらすか」という言葉も印象的でした。

次はギャラリーゾーンに出展されている方々によるギャラリートーク。ひと組目は、過去に僕が実行委員として運営に携わっている渋家映像祭に出品していただき、『何を怖れる』が上映された劇場のロビーにも作品を展示していたアーティストであり、ゆる・ふぇみカフェの運営委員としても名前を連ねているクラークソン・瑠璃さん。出展していたシリーズ作品、『赤い合戦図』についての解説を行っていました。(渋家映像祭に出品していただいたのは、この作品のメイキング映像です。こちらで見られます。)

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印象的だったのは、盗撮をテーマにした作品を作るきっかけになったという、秋葉原駅構内に貼られている「盗撮注意」の貼り紙の話でした。瑠璃さんと全く同じ感想を抱きつつも、これが結局ネット上にあげるときには「”お前らいい加減にしろ”みたいな自分と同種の人に呼びかけるような文章が添えられてあげられるんだよなあ・・・」などということを考えながらお話を聞いていました。
ちなみにトークの直前、瑠璃さんにご挨拶させてもらったのですが、会場内の雰囲気を指して「ちょっと渋家みたいでしょ?」と言われました。確かに、同じ空間内でほかのメンバーが何してようが思い思いに過ごす辺は、渋家のリビングに似ているかも(笑)。

2組目は先ほどのゆる・ふぇみ遠足のレポートでも登壇されていた、写真文化論・メディア社会学を専攻し、東京綜合写真専門学校でも非常勤講師を務めてらっしゃる小林杏さんと、ハイナンnetのメンバー、米田麻衣さんによるクロストーク。

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小林さんはメキシコで死児に関する写真の調査を行っていて、展示されているのもご自身で撮られたものではなく、現地の人々が撮って遺された写真をメインに展示していました。興味深かったのは心霊写真について。「忌むべきもののように扱われる日本と違って、19世紀ヨーロッパでは、我が子の形見のように追悼写真として大事にとっておく」という文化があったらしいです。

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米田麻衣さんは中国海南島に住む日本軍戦時性暴力被害者の女性(現地の言葉で「アポ」)の裁判等を支援するハイナンnetのメンバーとして活動されてる方で、アポたちの写真を展示していました。「裁判などで悲惨な体験を語る機会はあるけれど、アポたちが普段どんな生活をしてるかを伝えたい」おっしゃっていました。トークの後には、アポの普段の生活と、日本兵が来た時の被害体験の話を撮った『あぽの四季』と題された短編のドキュメンタリー映像が上映されました。外を見つめるアポの視線に重なるショットなど、印象的なショットに彩られた良質のドキュメンタリーでした。カメラと一緒にアポの家に入ってくるガチョウがとてもかわいかったです。

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第1部の最後は詩人の大崎清夏さんによるリーディング。自作の詩より『かっこいい女』、『世界が踊っているのだから』という2作品の朗読をしていました。先にも書いた通り、会場は仕切りなどは設けられておらず、リーディングが行われた場所もキッズスペースのすぐ傍だったので、特に『世界が踊っているのだから』という大崎さんの詩を読む声に、子ども達の声が音楽のように会場内に響いていました。

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第2部に行く前に休憩が挟まれたので、カフェエリアで食べ物を購入。僕は炊き込みご飯おにぎりとマフィンを頼みました。どちらも手作りで、とても美味しかったです!値段もとてもリーズナブルで、僕のような貧乏人には大いに助かりました(笑)。

第2部を始める前に、運営委員の李亜姣 さんより、先月中国でセクハラをなくすことを訴えたところ「社会に混乱を引き起こした」として逮捕・拘束され、そしてこのイベントの直前でもある4月13日に釈放された5人のフェミニストへ、かけられた嫌疑を晴らし、監視下に置かれている彼女たちが自由を手にできるよう支援を呼び掛けていました。
この件ですが、前日にミシガン大学の歴史学・女性学で准教授をされている王政さんが寄せていたコメントを読んで、とても感銘を受けました。(こちらから日本語に訳した文が読めます。)

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ゲストを変えて2回目のトークセッション。1組目は都内複数の大学でサブカルチャー関連講義などを担当しているライター・文学研究者のトミヤマユキコさん。
トミヤマさんは、ネット上でも話題となった連続テレビドラマ『問題のあるレストラン』について語りました。作品のホームページのあらすじやエピソード、キャラクターなど解説がメインでしたが、トミヤマさんは脚本が『東京ラブストーリー』と同じ坂元裕二さんである点に着目。「『東京ラブストーリー』でリカ(『東京ラブストーリー』の主人公)を孤独なものとして描いたが、それから20年経ち、同じ東京という舞台で、孤独ではない、男には頼らない女性の姿を描いた作品なのではないか、という見方もできる」という持論を展開しました。僕はこのドラマも『東京ラブストーリー』も未見で、『問題のあるレストラン』もパワハラ、セクハラを題材にしているドラマということで気になってはいたのですが、トミヤマさんのトークを聞いたことで、俄然これは視なければという気持ちになりました。

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2組目は銀座ホステス、占領期の性風俗(パンパン、ストリップ、鳩の街、特殊飲食店など)、女性の就業継続を研究テーマにしている宇都宮共和大学講師であり、文化人類学者の松田さおりさんです。
松田さんは自ら取材した、銀座のホステスについてお話されました。写真スライドによる銀座の風景から、ホステスがどういうシステムにより成り立っているか、また俗に「お水」とも呼ばれるホステス業界と、「一般」女性の職場環境の差異を取り上げて、「一般」女性が職場において抱える困難への接続可能性について語りました。松田さんはトークはあまり得意ではないとおっしゃっていたのですが、配られたレジュメを見ると、たしかにこれは15分で語るのは難しいだろうなと思えるほど非常に濃厚な内容のものでした。一読の価値があると思い、イベント終了後このレジュメは、渋家大人部内でも共有させてもらっています。

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3組目は在日朝鮮人3世であり、女性・マイノリティー政策について研究もされている永山聡子さんです。
永山さんは自身のルーツが”コリアン”であることを切り口に、日本の芸能事務所の多くが未だにデビュー時に日本名に変えることを要求することや、80~90年代以降の日本の言論状況など、日本における様々なマイノリティーについての話題をされていました。永山さんの「コリアンや在日コリアンは歴史ではなく、今生きている、と考えている」という言葉が印象に残りました。
永山さんのトークが終わったのち、こちらも第1部同様、3組のゲストを交えてのクロストーク。永山さんからは韓国の方が日本と比べてフェミニズムが盛んであることが話されました。永山さんから6月から公開される日本軍性奴隷制度被害者女性(「慰安婦」)ドキュメンタリー映画『”記憶”と生きる』のチラシが配られたのですが、その監督である土井俊邦さんについて「独自に姜徳景さんの足跡をたどる現地取材をおこなって心情にも色々な変化が生まれたそうです。」と誇らしげに語っていました。
松田さんからは『男しか行けない場所に女が行ってきました』という田房永子さんの著書を引きながら「そもそも何故男は銀座のホステスなどのフィクショナルな女性像にのめりこめるのか」などという話をしていました。

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続いては、新宿2丁目にあるカフェ・ラバンデリアを活動拠点に、トランジスタ・プレスというインディーズでの出版活動も続けている佐藤由美子さんによる詩の朗読。1950年代から60年代にかけてアメリカで起きたビート・ジェネレーションというムーブメントに影響を受けた佐藤さんは、その代表的な作家の作品を引用しつつ、その中にもし自分が身を置いていたらどんなことを思っただろう、という内容の作品の朗読をされました。

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そして、この日最後のショーケースは、日本口琴協会の会員であり、口琴奏者のらるふさんによる、口琴の演奏です。
この口琴という楽器、全く知らなかったのですが、読んで字のごとく奏者は口に入れて演奏する楽器で、モンゴルで紀元前5世紀のものが発見されたりなどかなり歴史が古く、しかもアジア、アフリカ、ヨーロッパなど、世界各地にあるという楽器なんだそうです。また一口に口琴といっても、様々な種類のものがあるようです。らるふさんはそれらを非常にゆったりとした独特な調子で、日本での口琴の歴史が幕府の禁制によって途絶えてしまったこと(なんでも口琴を演奏しながら幕府の老中の悪口を言うことが流行したことが原因とか)などを交えながら解説しながら演奏を聞かせてくれました。
しかしこの演奏が聴いて驚き、音色がほとんど電子音のそれで、楽器が持つ歴史から想像するような原始的な音とはかけ離れてる、むしろクラブミュージックなどを耳にする機会が多い人からしたら、かなり耳なじみのある音色ではないかと思います。我々人類がシンセサイザーの発明以降、初めて耳にしたと思っていた音色が、実はすでに太古の昔に人類の間で聴かれていたのかもしれないと考えると、歴史というものの奥深さを知る思いです。

 

さて、渋家大人部ブログ始まって以来最長の記事になったかと思いますが、これでもまだまだ書ききれないことがあるぐらい、内容の濃い充実したイベントでした!雰囲気は「ゆる」いながら、アート、文学、音楽、サブカルチャーなどの様々なジャンルの表現に触れることも出来つつ、様々な分野の研究者まで集まったりと、とてもバラエティに富んでいながら、コアなところまで触れられるという素晴らしいイベントでした!先にも書いた通り、お子さん連れでも来やすい会場づくりが行われておりますので、興味を持たれた方は、迷わず参加することをおすすめします!

しかしこのイベント、終了時のアナウンスによると、運営委員会の皆様の持ち出しで行われているそうです。トークショーの最中、トミヤマさんが『問題のあるレストラン』から引用していた「続けるということを信じましょう」という言葉が物語る通り、継続というものはただでさえとても難しいものです。僕自身、大人部の他にも渋家映像祭などの運営にも携わっているのでその苦労はよくわかります・・・。その中で継続的に小さなイベントをやりつつ、このような大変なイベントをまとめあげた運営委員会の皆様の労苦は大変なものであることは想像に難くないのですが、それだけの価値があるイベントだと心の底から思いました。是非とも今後も継続していってほしいと強く思いました。

ゆる・ふぇみカフェ facebookページ
https://www.facebook.com/yurufemi.cafe

【雑記】女装カルチャーは消滅するか

ニューハーフプロパガンダのホームページに、こんな内容のことが書かれていた。

「女装カルチャーは女装カルチャーの消滅に向かっていくべきである」
「マイノリティがマイノリティと呼ばれない環境がマイノリティにとって住みやすい環境である」


マイノリティの運動が到達地点としているのはPC(ポリティカルコレクトネス。政治的正しさ。差別のない、そうあるべき平等の状態。)である。女装カルチャーが消滅し、女装していてもマイノリティと呼ばれない社会、つまり女装していることが特別気にもとめられなくなる社会というのは、実現すべきPCのイメージに近い。

どのようなマイノリティにしろ、差別をされたくない、マイノリティと呼ばれたくない、と叫べば叫ぶほどマイノリティであるという自我の輪郭を意識することになるし、世間はその人々がマイノリティなのだという印象を強めることになる。
以前、ヘイトスピーチの問題についての研究のために排外的な運動をしている人にインタビューをしたとき、部落問題についてこのような内容のことを言われた。
「多くの人はもうとっくに被差別部落があったことなんて忘れている。それなのに、部落の人たちが私たちは差別されてきたのだと宣伝する。そうすれば、この人たちは差別されている人たちだと意識するようになるでしょう。そこから新たな差別意識が生まれる。差別だ差別だと騒いでも逆効果だとしか思えない。」

ニューハーフプロパガンダに対して、件のインタビューをさせてもらった彼と同様の反応はあることだろう。「ニューハーフをプロパガンダすることで、逆に女装カルチャーは特殊な文化となり、少数派のものであるという印象を強めるのではないか」と。

あらゆる差別は無知と偏見から起こる。「あなたたちの抱いているイメージは間違いだから本当の姿を知ってほしい」という思いを伝えるためには存在を認知してもらわなければはじまらない。しかし、現実には多くの人は「この人たちは差別をされているらしい」と認知するだけに留まり、その印象がさらなる偏見を生む。どのように差別されているのか、その扱いがなぜ差別なのか、わざわざ考えるのは人権意識の高いごく一部の鋭い人たちだろう。それは多くの人=マジョリティでなくとも同じだ。あるマイノリティであってもその問題の当事者でなければ、別のマイノリティに関心を持たないこともあるだろう。
ならば、ニューハーフプロパガンダは差別を助長するイベントだから批判すべきだということになるのか?

しかし、ニューハーフプロパガンダはプロパガンダと銘打ってはいるが文化の現場だ。政治運動の現場ではない。ニューハーフが世間にニューハーフへの差別を克服するように啓蒙するための場ではない。そういう場だとしたら「ニューハーフはあなたたちと変わらない普通の人間です。女装も普通のことです。」と主張しなければならないだろう。
でもニューハーフプロパガンダでそんなことをしてもつまらない。ニューハーフプロパガンダに集まる人はみんなニューハーフや女装子に興味関心がある。それはニューハーフや女装子をかっこいいとか可愛いとか美しいとかエロいとか楽しいとか物珍しいから気になるとか思っているからだ。だからニューハーフや女装子はぜんぜん普通ではない。特別な存在だ。しかし、そこにいるニューハーフや女装子たちはそれを差別だと拒絶しない。むしろ全力でお洒落をしたりパフォーマンスをしたりして楽しませてくれる。

まずは、「特殊なカルチャー」「マイノリティ」への無邪気な好奇心と憧れを抱かせること。それは、なんとなく差別されていることを認知させて直接的に普通の扱いを望むことよりずっとポジティブな興味の持たせ方だ。もっと知りたい、と思わせなければ偏見の克服は始まらない。このように文化からマイノリティが存在を知られ市民権を得ていくことは、権利運動によって市民権を得ることよりも自然で、民主主義に現実的に適合しているのではないだろうか。

さらに、ニューハーフプロパガンダにおいて私が良いなと感じたことは、そこにいる参加者たちには被差別意識を表明する必要ないということだ。
私と一緒にいた大人部部員の福原さんは、はじめて出会ったニューハーフや女装子を前に、セクシャリティジェンダーへの関心から話を切り出そうとして悪戦苦闘していた。このことから、そこで楽しんでいる人たちがマイノリティであることについて語ることを目的にはしていないし、「セクシャルマイノリティ」という抽象的な枠組みではなく、ニューハーフや女装子への具体的な関心について語ることを求めているのがわかる。セクシャルマイノリティがそこにいることが前提条件として通用する空間で重要なのは、マイノリティ問題への意識の高さではなく個人の嗜好からはじまる人間関係だ。それはまさにニューハーフや女装子がマイノリティと呼ばれない小さな社会の実現だ。
逆に、偏見にぶち当たったのは私たちのほうだった。誰からも「カップルですか」と尋ねられ、そのたびに否定しなければならなかった。マイノリティであるニューハーフや女装子のステレオタイプも垣間見えた。こうした気付きも得られる空間なのだ。


「ニューハーフをプロパガンダすることで、女装カルチャーは特殊で、少数派のものであるという印象を強めてしまう」としても、そのことはむしろ「女装カルチャーの消滅」「マイノリティがマイノリティと呼ばれない環境」への前進の可能性を秘めている。だからやはりニューハーフプロパガンダは「プロパガンダ」なのだろう。
しかし、そうなるためにはニューハーフや女装子がマジョリティに無邪気に期待される「ニューハーフ」「女装子」像をただ演じて消費されることに終わってはならない気がする。彼女たちには何より自分らしくいることを忘れないでほしい、と願う。とともに、彼女らに楽しませてもらう側の私も彼女たちが自分らしくいられるようつとめたい。

不明

【レポ】ニューハーフプロパガンダにいってきました!

こんにちは!渋家大人部仮部員の春です。
昨日は大人部部員福原さんと一緒にニューハーフプロパガンダに行ってきました!
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私たちはどちらもニューハーフプロパガンダに来たのははじめてだったのでドキドキ、ドギマギ。

結論からいうと、とても楽しかったです!!

24時から05時までって長いかなと思ってたけど意外とあっという間でした。
ノリノリな音楽が流れてるだけでテンション上がるのに、きらびやかで美しい女装子さんやニューハーフさんがたくさんいるという贅沢。

世界は狭いもので、私の働くSMバーの関係者と何度かばったり会ったりしました。

イベントの司会をつとめていたのは、うちの系列店でかつて働いていたなみ女王様。
メンズの姿しか見たことがなかったので、女装姿だと気付きませんでした。めちゃ女装姿がハマってて可愛い!ちょっと桜塚やっくんに似てる。
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それから、私の働くSMバーの同僚で、世界的に評価されているAV女優の美蘭さんともばったり。
美蘭さんの掛け持ちしているヘルスのあゆさんが写真を撮らせてくれたり、いろいろお話してくれました。楽しかった!あゆさんはけっこう酔っぱらって乱れててかなりセクシーでした。ちょっと心配になっちゃう。
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そんな感じで、知り合いとか知り合いの知り合いと話してなんとか楽しんでいたけれど、初対面の人にはどう話しかけていいかわからない私と福原さんのふたり。。。

そんなチキンな私たちの気持ちを察してか、「春の出逢いまつり」なる友達を作れる時間が設けられていました!
友達がほしい人同士が一対一でローテーションで一分間話すというこの企画。一分間は短すぎてなかなか喋れなくて焦る焦る。それが十何人続くという難易度の高さ……。 しかし、チキンにとってきっかけ作りをしてもらえるのは嬉しい限りです。

それからもアイドルのパフォーマンスやストリップなど華やかなショーが目白押しでした。
次もまたぜひ行きたいなあ~。
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これからは初対面の人ともうちょいお話して仲良くなれるように頑張ります!!
そんな出逢い厨の春でした~。

【4月19日】バイブについてのドキュメンタリー映画『すいっちん』上映会に行ってきました!


すいっちん-バイブ新世紀-予告編 - YouTube

 福原です。

 去る4月19日、笹谷遼平監督のドキュメンタリー映画『すいっちん』の上映会に行ってきました!

 

 というわけで、この記事のタイトルにもある通り、予告編を見てもわかる通り、紛うことなきバイブの映画です。以前、我が渋家大人部部長の悠さんも、渋家発のメールマガジン『シブマガ』において特集を組んだこともあるように、大人部とはとても馴染み深い(?)アイテムについてのドキュメンタリー映画です。

 ちょっと冗談めかして書きましたが、実は本当に渋家大人部がこうしてブログを持つに至るきっかけともなった作品です。というのも、この作品は僕自身が以前に渋谷アップリンクで笹谷監督の特集上映が行われた際に1度観ていて、それから数年経た後に悠さんのシブマガの記事を読み、「この映画の上映イベントなどを行えるような、性について真面目に考えたり勉強のできる機会や枠組みを渋家内に設けることができるのでは」と考えて、悠さんに一緒に何かやれないかと相談を持ち掛けたのがきっかけだからです。

 なにせこの笹谷監督、この作品のほかにも題材として選んでいるのが、松本市で作られている性器を象ったお面にまつわるドキュメンタリー映画など、性、エロティシズムに関する題材を取り扱ったドキュメンタリー映画を複数製作されているのです。

 

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 僕が前回観たという笹谷監督の特集上映も、結局この『すいっちん』だけしか観られなかったので、他の作品もいずれ観てみたいものです。

 

 上映は、阿佐ヶ谷にあるバーよるのひるねにて行われたのですが、会場は満席でした。とはいっても、10名も入れば座る場所がないという非常に狭い店内で、来ているお客さんも監督と顔なじみの方が多かったようで、とてもアットホームな雰囲気でした。お客さんが席に着くと、すぐに上映がスタートしました。

 

 映画は江戸時代の春画と共に、ハリガタ(男性器を模したもの。ディルドとも呼ばれる。)から日本初のバイブ『熊ん子』が誕生するまでの歴史から始まります。

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 バイブメーカーのトイズハートGALAKUワールド工芸快楽工房、アダルトショップのラブピースクラブホットパワーズキュリウス、バイブ原型師など色々なバイブ業界の方々にインタビューを行い、それぞれのバイブに対する思想やこだわりを語ってもらい、日本の性産業がどの様な人々によって支えられているかを、バイブという側面から迫っていく、という映画です。笹谷監督ご本人は「自分のイエスマンっぷりが良く分かる・・・」とおっしゃっていましたが、笹谷監督の取材に際するリアクションがそれぞれの人々から実に生き生きとした表情を引き出しているのが非常に印象的な映画です。

 この生き生きとした表情こそがこの作品のポイントで、メーカーさんがそれぞれバイブに対するこだわりを語る度誇らしげな表情、いわゆるドヤ顔を見せるんですが、そのメーカーさんの中でも一部の方の中には、ほとんどオカルトじみた思想にしか聞こえないものや、「女は口ではこういうことを言うけど本当はこういうものが好きなんだ!」と力強く語られる方もいるので、そうした方達がドヤ顔(というよりドヤ顔しているのはそうした人たちばかり・・・)を決める度に、会場では笑いが起きていました。

 先にも書いた通り、僕自身はこの映画を観るのは2度目なのですが、初めに観た時から僕自身の考えにも変化があるせいか、以前とは少し違う印象を受けました。端的に言うと、笑える以上に呆れるというか・・・。「何言ってんだコイツ」みたいに笑ってたところが、なんかもう頭痛い・・・みたいな感想に変化していました。ジャンルや題材に限らず、同じ映画でも時を経ることで、また違う映画として僕の目の前に現れてくるのが、映画の醍醐味の一つです。

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 上映後は漫画家・作家の内田春菊さんとのトークショー。先にも書いた通り、映画の冒頭には日本最古のバイブ、熊ん子が登場するのですが、実はこちらの熊ん子、現存するのは製造元の古田商会がたまたま保管していた1本のみで、笹谷監督が無理を言って貸して撮影したこと、その撮影場所が当時監督が住んでいたアパートの庭で行われ、同じアパートの人から苦情が寄せられたことなどの撮影裏話から、インタビューでも言われた「バイブでガンが治る」などに類似したオカルト話、映画内でもラブピースクラブのオーナーとして登場し、去年末にわいせつ物陳列の罪で北原みのりさんと時を同じくして逮捕された、ろくでなし子さんが、過去にラブピースクラブでお店の売り子さんをしていたことがあったこと、またそのラブピースクラブを男性出入り禁止にしたのは男性客が女性店員にセクハラを行うから、などの話が聞くことができました。

 そしてトーク開始から1時間ほど経ったところで笹谷監督が「急きょ昨日思い立って編集した」という、かつて「秘宝館」という名前で日本各地の観光地に建てられていた、交尾をする動物の模型が展示されているテーマパークについてのドキュメンタリー映画『昭和聖地巡礼~秘宝館の胎内~』の短縮版の上映が行われました!


秘宝館ドキュメンタリー『昭和聖地巡礼~秘宝館の胎内~』予告編 - YouTube

 こちらも昭和期の日本の、良く言えば無邪気(悪く言えば無神経)な性観念が生み出した異形のアトラクション、アートコレクションの数々に、半ば頭が痛くなる思いで観たのですが、だからといって不浄のもの、あるいは不採算なものとして処分してしまうにはあまりにももったいない、到底思いつくことのないような爆発的な想像(あるいは妄想?)力の産物が持つエネルギーが確かに収められているドキュメンタリー作品でした。名人芸と呼んでも差し支えない、某秘宝館館長の観光客に対する名調子など、撮影当時からも閉館が相次ぎ、現在ではたった1館となってしまった秘宝館の貴重な映像の数々が観られます。短縮版じゃなく全長版が観たい・・・。

 この上映後もトーク。実は秘宝館内の造形物を作っているのは、あの巨大テーマパークと同じところだったり、大手映画会社の特撮部が手掛けていたとか、秘宝館で管理を行っている方たちの姿とかの撮影裏話はもちろん、そこから内田春菊さんが監督し、女性向け動画サイトGirl'sCH上で公開している作品、『アイム、カミング!』についての話題などについて話されました。

 

 他にもトークの中で笹谷監督は、これまで題材としていた「性」から離れ、現在は馬についてのドキュメンタリーを企画、撮影準備中だそうです。個人的に毎年東京競馬場日本ダービーを観に行っている競馬ファンの僕からしたら、相変わらず気になります!今後の活動が楽しみです!

 

 

 最後に告知させてもらうと、今回『すいっちん』上映会を行った会場である阿佐ヶ谷よるのひるねで26日、今度は僕の作品の上映及び、映画『テラスハウス クロージング・ドア』について語るトークイベントを行います。以下が詳細です。

emls.jugem.jp

 先にも書いた通り、非常に狭い店内で行われる小さなイベントですが、興味があればお越しください。よろしくお願いします。

不明(仮入部)

関心のあるテーマはスティグマアイデンティティ。烙印を押す者と押される者の関係と、その関係のなかでそれぞれが自我をどう捉えるかということに関心がある。大人部では「性」にまつわるスティグマアイデンティティの問題について独自に勉強していく予定。具体的な内容はしばらく非公開。たまにブログにそうしたテーマに関連した記事をあげたりする。
最近の主な活動はレイカ部長のフェチ研究のお手伝い。

【レポ】渋家縄会vol.1 ~縄の起源、フェティシズムの思想史~

 

悠です。

 

4月18日(土)、渋家クヌギにて渋家縄会vol.1を開催しました。

 

この日のテーマは「縄の起源、フェティシズムの思想史」。

 

フェティシズム(ポール=ロラン・アスン著、文庫クセジュ)を中心とした書籍の読み込みから、「縄」にむけられる「フェチ」の精神性を分析するのが目的。

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日本に古来から存在する「縄」。

神社の注連縄に代表されるように、ある特殊な意味性をもって使われてきた縄という素材が、緊縛のために好んで利用されるようになった理由について、フェティシズムの思想史を知ることが大きなキーとなるのでは。

そんな発想からこの本を選びました。

 

この本では「フェティシズム」の用法をフロイト以前以後で大別し分析しています。

今回はフロイト以前。

 

ヒューム、カント、ヘーゲル、コント、マルクスニーチェ・・・

数々の哲学者が、民俗学者のド・ブロスが発明した「フェティシズム」という概念をどのように把握し援用してきたのか、その歴史を学びました。

 

偶像崇拝に神の存在を象徴化する役割があるとすれば、フェティシズムとは、宗教的精神性においてより根源にちかい神への「恐れ」という感覚を、モノを擬人化しそこに力強い生命を仮定することで感じることであり、それは象徴化以前のものである。

 

というのがヒューム、カント、ヘーゲルを経てコントが導き出した「フェティシズム」の要約。

さらにコントは「世界と人間を本質的につなぐもの」とまで言い切ります。

エロティシズムの方法論の一つとしてフェティシズムを捉えている私にとって、その言葉はなんとも含蓄があり、

「フェチって世界と繋がる方法なのかも」

とまで思わせます。

 

今日「フェチ」という言葉はある嗜好性(もはや「性嗜好」には限らない)を示す言葉になっていますが(私自身も「縄フェチ」を自認しています)、こうしてみると、宗教的精神性から嗜好性へのスライドってあまりにダイナミックで神秘的だと思いませんか?

なぜ精神分析フェティシズムという概念を必要としたんでしょうか。

そして私にはある別の疑問が浮かびました。

「個人の精神世界で嗜好性から宗教的精神性へ到達することは可能か?」

それらの疑問を解くためにはフロイト以後の「フェティシズム」について学ぶ必要が有りそうです。

 

 

 

さて、本の読解のあとは、自作で緊縛縄を作る方法を紹介。

 

3分クッキングよろしく、

「はい、コチラがなんの加工もしていない縄。これを1時間茹でたものがコチラ、そして乾かしたものがコチラになります。」

といったように、加工工程ごとに縄を比較してみたり。

また、仕入れ先の違う縄や、染色した色とりどりの縄、新品と使い込んだ縄なども比較。

愛情をかけた分だけ変化する縄の愛おしさをお伝えしました。

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そして最後に参加者同士の懇親会も開きました。

縄会の参加者は女性6名男性2名の計8名。若い女性の参加者が多かったです。

懇親会にもほぼ皆さん残られました。

 

色々なところに話題が波及しましたが、今回参加者が半分以上女性だったり、今月の25,26日にはLGBTのフェス&パレード「レインボープラウド」が開催されるしで、レズビアンバイセクシャルなどのセクシャルマイノリティーについての話題に花が咲きました。

恥ずかしながら、そこではじめて「パンセクシャル」という言葉を知った私。

面白い議論ができたので、いつか家縄会番外編としてまとめてみたいなと思っています。

 

 

 

次回の開催は5月23日(土)を予定しています。

【告知】渋家縄会 vol.1 ~縄の起源、フェティシズムの思想史~

主催イベントの告知です。

緊縛やフェティシズムにご興味のある方はどなたでもご参加ください。

 

 

渋家縄会 vol.1 〜縄の起源、フェティシズムの思想史〜

 

日時:2015年4月18日(土) 17:00~19:00

場所:渋家

参加費:500円(予約制)

 

テーマ:縄の起源、フェティシズムの思想史

内容:

フェティシズム』(ポール=ロラン・アスン著、文庫クセジュ)『緊縛の文化史』(マスターK著、すいれん舎)のレジュメを手引きに、日本における縄の起源と、「フェチ」の語源になった「フェティシズム」という概念を巡る思想史について学ぶ。

ワークショップでは、緊縛用の縄を自作する方法について実践し学ぶ。

 

※渋家縄会は、緊縛を学問的かつ実践的に学びたい人たちが集うサロンです。

会の前半では課題図書をもうけ知識を共有し、後半では実践的なワークショップを行います。

会の終了後は懇親会を開きます。

 

☆中心資料☆

フェティシズム』ポール=ロラン・アスン 著 文庫クセジュ

『緊縛の文化史』マスターK 著 すいれん舍

 

☆補助文献☆

『有末剛の緊縛五輪書』有末剛 監修

 

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参加のご予約はshibunawa@gmail.comまで

お名前(ハンドルネーム可)・性別・人数をお書き添えのうえ、ご連絡ください。

 

主催:

渋家大人部

(代表 悠レイカ)

プレ渋家縄会 第3回レポ

悠です。

さる3月21日(土)に開催したプレ渋家縄会第3回のレポートです!

 

前回のレポートはこちら

渋家縄会(家縄会)とはこちら

 

 

今回のテーマは「現代緊縛史」!

家縄会ではもはやおなじみのテキスト、『緊縛の文化史』(すいれん舍)のレジュメを手引きに、戦後「緊縛」の文化的担い手となった雑誌・映画、そしてそこで活躍した作家やアーティストたちを知り、今日の「緊縛」のあり方を学びました。

 

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キーワードになるのは、なんと言っても「奇譚クラブ」。

前回の家縄会でキーパーソンとなった伊藤晴雨、彼が創出した「緊縛エロス」が大衆文化に溶け込んでいく様を語る上で、この雑誌は欠かせません。

 

また、もう一つ重要なのは「日活ロマンポルノ」。

もともと、江戸時代の刑罰の一つだった捕縛術。

それが歌舞伎の題材となり、演じられ、今日の緊縛パフォーマンスにまで精錬されたのは、日活ロマンポルノに端を発する緊縛師(縄師)の登場と目覚ましい活躍があってのことです。

 

また、レジュメ発表の最後では、SMの商業化・通俗化による明暗について思いを巡らし、これから緊縛について学ぶ個々人の姿勢について問いました。

 

後半のワークショップは前回に引き続き、基本的な「結び」について学びました。

 

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この日の参加者は8名。男女比は半々。

中には緊縛を何年も嗜んでいる人も、この日初めて縄に触る人もいました。

 

どの業界でもそうだと思いますが、なにか一つのものが世に広まるとき、それは常に功罪半ばの未来をもたらします。

 

商業化し大衆化することで、緊縛へ臨む個人の不安や葛藤は、ある側面では和らぎます。

しかし、そもそも緊縛で「人を縛る」ことは、「人の自由を“預かる”」ということです。

そのためには、その人を支える「力」が必要です。

だから不安だし、それでもそれを求めてしまえば、悩むこともあって当然です。

また、なにか困難にぶつかったときは、「あの人がやっていたから」という風に他人を頼ることはできません。

「力」は自分の鍛錬で維持するしかありません。

 

プレ渋家縄会の全3回が終わり、次回からは「本」渋家縄会になります。

この会へ参加するために緊縛経験の有無は不問です。そして、どの人にも「縄」「緊縛」をめぐる重層性・奥深さへの気付きを、私は促してきたつもりです。

その理由は、縄が、それをどう扱うかによって、人を支える命綱にも、首を締め上げる凶器にもなるからです。

だからこそ色々な角度から「縄」を捉えてみる必要がある。

その方法の一つとして、私はこの家縄会を提示します。

 

堅苦しくなってしまいましたが、プレ家縄会を全て終えて、改めて今後の「縄」との向き合い方を再認識し、

また、参加して下さった方に深く感謝を申し上げたいと思います。

ありがとうございました!

 

今後も家縄会は月1回のペースで継続していきます。

次回の開催は4月18日(土)です。

ではでは!